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2020年11月 9日 (月)

ことばと生活と新聞と(262)

「量」と「分量」は同じ意味か


 こんな記事がありました。「分量」という言葉が使われています。

 和牛やホタテ、増量してお届けします-。新型コロナウイルス禍で売り上げが落ち込む特産品の販売を支援する農林水産省の事業を活用し、ふるさと納税で通常は認められない分量の返礼を贈るキャンペーンが波紋を広げている。
 (神戸新聞、2020年9月10日・夕刊、4版、5ページ)

 特別な言葉ではなく、「分量」という言葉が目につきました。このような記事の場合、たいていは「量」という言葉が使われていると思いますから、「分量」に注目したのです。「分量」という言葉は、「量」という言葉に置き換えてもよいのでしょうか。「分量」には、「量」と違う意味があるのでしょうか。
 日常生活では「分量」という言葉を使うことが多いのですが、書き言葉では目にすることが少ないように思うのです。日常生活で使うことが多いのは、「りょうを増やす」などと言うよりも「ぶんりょうを増やす」と言う方が、耳で聞いてわかりやすいように思うのです。
 「分量」を、例えば『三省堂国語辞典・第5版』は、次のように説明しています。

 ①多い少ないの程度。量。「仕事の - 」
 ②目方。「 - をはかる」

 この説明では、①は「量」と同じ意味ととらえているようです。②は目方(重量)に限定しているようですが、もともとは、この意味で使われていたのでしょうか。
 私の感じていることを申します。「分量」はやはり「分」という文字に引かれますから、全体量のことを「分量」と言うことは少ないと思います。「今年の米の収穫量」のような場合は「量」であって「分量」という印象はありません。
 「バケツの水の分量」とは言っても、「淀川の水の分量」とは言いにくいと思います。「書斎の蔵書の量」とは言っても「分量」は使いにくいと思います。仕事の負担について言う場合も「会社全体の仕事量」、「個人の仕事の分量」と言い分けたいと思うのです。全体の量を任意に分割できるものが「分量」のように思われるのです。
 要するに、「量」はどのような場合にでも使えますが、「分量」を使うとまずいと感じられる場合もありますから、新聞記事などでは無難に「量」を使う度合いが増えているのでしょう。引用した記事の「分量」の使い方は、おかしいわけではありません。

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