2020年9月27日 (日)

ことばと生活と新聞と(219)

「甘じょっぱい」は東京語?


 自分たちの地域では使わないし、書き言葉の文章でもお目にかかることが少ないような言葉に出くわしたときには、一見、共通語のように感じられるけれども、それは東京の方言ではないかと思うことがあります。
 東京の方言という意味は、東京の人(たぶん)によって書かれた言葉が、全国で通用するような意識で使われているということです。そのような言葉はいくつもありますが、今回は並べあげることはしません。
 甘辛いということを「あまじょっぱい」というのもその一つのように感じています。こんな文章がありました。

 冷たくつるんとしたのど越しのよさで、食欲のスイッチを入れてくれる夏の定番「玉子とうふ」。多くの人が、暑い季節の名脇役と認識していることでしょう。
 ところが青森のスーパーでは通年の人気商品。たっぷりの具材に甘じょっぱい味つけ、容量も豆腐並みと、玉子とうふとしてはいささか不思議な存在です。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年8月22日・朝刊、be7ページ、「お宝発見ご当地食」、菅原佳己)

 「しょっぱい」は国語辞典にきちんと記載されていますから、東京方言と言わなくてもよいのかもしれません。けれども関西では「からい」が主流であって、「しょっぱい」の意味は理解できますが、その言葉を使うことは少ないと思います。
 上に引用した「あま(甘)じょっぱい」は甘辛いということなのでしょう。ところが一瞬「あま(甘)ずっぱい」という意味かと間違えそうになりました。「あまずっぱい」という言葉には違和感がないからです。私たちの地域では「あまずいい」と言うことが多いのですが、「あまずっぱい」と聞いても違和感はありません。
 幾種類かの小型国語辞典で確かめてみますと「あまずっぱい」は載せていても、「あまじょっぱい」は載せていないようです。「しょっぱい」に比べて「あまじょっぱい」を使うことは極端に少ないのかもしれません。
 微妙な味わいを、地域で使われている言葉を使って表現することは、望ましいことだと思います。そのような文章を読むと、特別な味のようすが感じられたりします。詩的な表現のよさを感じたりするものです。けれども、ニュース的な文章に求められるのは、すべての人に等しく伝わるということかもしれません。

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2020年9月26日 (土)

ことばと生活と新聞と(218)

「行けたら行く」と「考えときます」


 言葉遣いというものは、自分で工夫するのではなく、他人が使っているのを真似て使うことから始まります。その言葉の持つ意味合いをきちんと教えられない場合がありますが、そのときは自分で意味を想像しながら使うことになります。
 あまりにも簡単な言葉遣いであれば、そこに特別な意味合いが込められているとは考えないで、日常生活の場面で使うことがあります。
 何かの催しに誘われたけれども、その日の都合がうまくいくかどうか判断できないことがあります。出欠の判断を即座に求められることがあって、その時、「行けたら行くけど、まだ決められない。」と答えたことがあります。そういう答えをした場合は、行ける・行けないの判断ができた段階になってから、「出席する」とか「出席できない」とかの連絡をしたことがあります。
 近年になって、「行けたら行く」という言葉は、行かない(欠席する)ということを、やや遠回しに伝える言葉であるということを知りました。私は、文字通りに「行けたら」(行く条件が整ったら)行くという意味で使っていましたが、そういう含意があると知って驚きました。私は断ったつもりではないのですが、その言葉を受け取った側は、断ったと理解していたのかもしれません。
 もうひとつ、私が同じような使い方をしていた言葉があります。「考えときます。」という言葉です。この言葉も私は、今は答えられないけれど、しばらく考えた後に判断するという意味で使ってきました。もちろん、再び問いかけられることがなく、忘れてしまったこともあるかもしれません。けれども、即座に断るつもりはまったくなかったことは確かです。
こんな文章を読みました。

 大阪の商売人は、相手に頼みごとをされたとき、次のように答えます。
 「ほな、考えときますわ」
 よかった、考えてくれるんだな、と相手はほっとします。でも、何日かして、「先日お願いした件はどうなりましたか」と尋ねると、また、「考えときますわ」と言われます。
 つまり、「考えときます」というのは、「だめ」の意味なんですね。考えるけど、やらない、ということ。それに気づかない人は、何度もむだに訪問することになります。
 (飯間浩明、『日本語をつかまえろ!』、毎日新聞出版、2019年11月30日発行、130ページ)

 大阪の話であって全国の話ではないかもしれません。商売人だけの言葉遣いかもしれません。けれども、こういう文章を読むと、関西人はみんな、そういう意味を込めて使われている言葉であるということを知っていなければ、大人の言葉遣いができないように感じてしまいます。
 国語辞典編纂という専門的な仕事に携わっている人が書いておられるのです。この本は、もともと小学生向けに書かれた文章を集めたようです。子どもにもこういうことを教えておこうという意図が、私にはよくわかりません。
 「行けたら行く」や「考えときます」を、表面的な意味で使ってはならないということを、子どもたちにも教えておかなければならないのでしょうか。私はそのようには思いませんが、私のように表面的な意味だけで使う大人ができてはいけないという配慮なのかもしれませんね。
 もっとも、そんな私でも、政治家たちが使う「前向きに検討します」や「善処します」が、ほんとうはそんな意志を持たずに発言していることはすぐにわかります。
 『日本語をつかまえろ!』には業界用語や、特殊な使い方や、難しい用語・用字などの例も次々に登場します。そんな話題を列挙して「日本語をつかまえる」ことよりも、正しい日本語を理解し、それを使って表現するために必要な話題を提示する方が子どもにとっては大事なことであると思います。報道や商業などに対応する知識を並べることよりも、日本語の指導に力を注いだ著述の方がうんと大切なことだと思います。

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2020年9月25日 (金)

ことばと生活と新聞と(217)

外国語の、日本語への訳し方


 外国で使われている言葉を日本語の文章の中で書く場合に、カタカナ外来語として書くことがずいぶん多いのが現実の姿です。日本語に訳して書くのが面倒であったり、適切な表現が見つからない場合であっても、安易にカタカナ外来語として書いてほしくありません。
 ところで、日本語にある言葉を組み合わせて表現する場合は、どのような経緯でその表現を選ぶのでしょうか。時には、筆者によって使う言葉が異なる場合もあります。
 次のような表現を見かけて、そのことが気になりました。

 「飛び恥」という言葉が温暖化対策で欧米では話題になるほど、飛行機が出す二酸化炭素(CO2)は他の移動手段に比べて多いが、どうしたら減らせるのか。九州大学や近畿大学のチームが、日本航空(JAL)と全日空(ANA)の日本発着の国際線のCO2排出量を分析したところ、燃費の良い機材導入による効果が最も高かった。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年8月24日・夕刊、3版、3ページ、「ぶらっとラボ」、神田明美)

 欧米で「飛び恥」という言葉が話題になっているというのですが、この言葉を多くの筆者が同じ言葉遣いで使っているのでしょうか。カタカナ外来語でなく日本語の言葉で表現していることは望ましいと思いますが、原語が示されておりませんから、この訳語がふさわしいのかどうか、わかりません。
 けれども「飛び恥」という言葉遣いにはなんとはなしに違和感を覚えます。「〇恥」というように「恥」という文字が後ろに来る熟語は、大恥、赤恥、面恥(つらはじ)、などで、しかも「恥」の前に動詞が来るのは、生き恥、死に恥、ぐらいのものでしょう。
 もちろん、いろいろな言葉を作ってもかまわないのでしょうが、二酸化炭素の排出量の多さは、「恥」という言葉の表す内容とは少し違っているように思います。「飛び恥」には、不都合だという意味が込められているかもしれません。けれども、二酸化炭素の排出量の多さは、「恥」という言葉の本来の意味、すなわち、面目を失ったり、不名誉になったりするような意味ではないと感じられるのです。
 今後、他の筆者がどのような言葉を使うのか、興味を持って注目していきたいと思います。

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2020年9月24日 (木)

ことばと生活と新聞と(216)

「踊る市場」という言葉から受ける印象


 言葉は、国語辞典に書かれているような意味のまま使うことがありますが、比喩の使い方や文学的表現などをすることもあります。当然過ぎる言葉遣いでは面白くありませんから、通常の使い方とは異なるような表現をすることもあります。
 今年はサンマが不漁であると言われておりましたが、実際その通りで、庶民の口には届きそうにありません。こんな見出しの記事がありました。

 踊る サンマ市場 / 初競り最高値 昨年の5倍
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年8月24日・夕刊、3版、9ページ、見出し)

 「踊る サンマ市場」という言葉を見ると、大盛況のような印象です。取扱量が多く、値段も高くなっているような感じです。それにしても、「踊る」という、称えるような表現するのですから、何かの意味が込められているようです。本文を読んでみると、次のようになっています。

 代表的な秋の味覚であるサンマの棒受け網漁の初競りが24日、北海道厚岸町の厚岸漁港市場であった。1キロ当たりの最高値は1万1千円(金額はいずれも税抜き)となり、昨年の初競りの最高値2330円の5倍近い値がついた。
 厚岸漁港で23~24日にあった中型船4隻による初水揚げは約900キロ。昨年の同じ漁の初水揚げ約40トンの2%強にとどまった。 …(中略)…
 サンマの漁獲の大部分を占める棒受け網漁が急回復しない限り、庶民には縁遠い「高級魚」の状態が続きそうだ。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年8月24日・夕刊、3版、9ページ、大野正美)

 「おどる」という言葉は「踊る」の他に「躍る」の文字遣いもありますが、どちらの文字であっても、読者にとって心おどるような内容が欲しいと思います。記事を読み終わった印象では、今年のサンマは高くて口に入りそうにないという寂しさだけが残ります。「踊る」というのは、高値であるということだけのようです。漁業者も市場関係者も、「踊る」ような心は持てなかったのではないでしょうか。
 これは大阪本社版の見出しですが、同じ記事が全国の紙面に掲載されたことでしょう。他の本社版の掲載記事の見出しはどうなっているのでしょうか。知りたいと思います。

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2020年9月23日 (水)

ことばと生活と新聞と(215)

「政権」という言葉の頻用


 安倍首相から菅首相に移りました。とはいえ、「アベノミクス」「アベノマスク」になぞらえて「アベノマ(ン)マ」などという言葉もささやかれているようです。政権交代のような大きな出来事も、言葉の遊びに堕しているようです。
 それというのも前首相が、言葉を正確に、重々しく使ってこなかったことに由来しているのかもしれません。言葉が宣伝材料になってしまっていたと言ってもよいのかもしれません。
 前首相の時代に気になったことの一つは、「安倍政権」という言葉を自分の口からしばしば述べていたことです。しばしばではなくて、しょっちゅうと言うべきかもしれません。
 政権とは、国の政治を行う権利のことです。内閣などは、国の政治を行う権利を持っているのか、国の政治を行う義務を果たさなければならないのか、考え方はいろいろあってもよいと思います。政権という言葉があるのですから、それを権利と考えることがあってもよいのでしょう。
 けれども、政権という言葉を使うのはどんな人でしょうか。これまでは、首相の位置にある人が、自分は政権を握っているなどと言うことは少なかったように思います。一般の人や報道機関などが、政権という言葉を使ってきたように思います。
 前首相は、ことあるごとに政権という言葉を使い、しかも自分たちのことを「安倍政権」という言葉で表現してきました。そして、経済政策に自分の名を冠して「アベノミクス」とも称してきました。まったくコマーシャル・メッセージのごとく扱って、自分を崇め奉るように表現してきたように思います。
 政治家は議論をする場合に、相手のことを悪く言ったりすることがあります。仕方のないことでしょう。けれども、議論をする前に自分たちのことを優れた存在であるがごとくに飾ったり、権威づけたりすることはやめてほしいと思います。
 新しい首相が、自分たちのことを政権呼ばわりすることは、多分ないだろうと思います。「安倍政権」とか「アベノミクス」とかに類する言葉は、政権内部から発する言葉ではありません。この8年ほどの期間の特異現象として、将来は忘れ去られるべき言葉であると思うのです。

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2020年9月22日 (火)

ことばと生活と新聞と(214)

「今ほど大事なときはなさそうだ」という表現


 テレビなどのニュースを見ていると、お詫びの画面は日常茶飯事となっています。したがって、問題を起こせばお詫びをすればよいではないかと考えている人もいるように感じられます。本心からお詫びをしていない人は、瞬時に化けの皮がはがれているようにも感じられます。
 そもそもお詫びの言葉が定型化していて、言葉だけで済ませようとしている人も多いと思います。お詫びの言葉は、「深くお詫びします」、「心からお詫びします」、「謹んでお詫びします」などという言葉で綴られています。深くないお詫びや、心からでないお詫びや、謹んでいないお詫びなどはありえません。けれども「深く」、「心から」、「謹んで」という言葉を使えばよいと考えている人もいるようです。中には、「深く、深く、深く……」などと言う人もいます。言葉を重ねたらよいというものではありません。
 話題が少し変わりますが、こんな文章を読みました。

 かつての貴族や大金持ちの贅沢ではなく、人々の小さな贅沢が経済を回すのが現代である。コロナ終息後にやりたいもののリストは長くなるが、当面の役には立たない。雇用の悪化を止める政府の役割が今ほど大事なときはなさそうだ。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年8月18日・朝刊、14版、1ページ、「天声人語」)

 これはコラムの最終段落の全文です。「コロナ終息後にやりたいもののリストは長くなるが、当面の役には立たない。」とありますが、「コロナ終息後にやりたいもののリストは長くなる」という意味が理解できません。膨大なものになるという意味なのか、すぐには提示できないという意味なのか、理解ができません。「当面の役には立たない」というのも何を言っているのかわかりません。
 そして、末尾の言葉「雇用の悪化を止める政府の役割が今ほど大事なときはなさそうだ。」という表現は、言葉だけで強調していることの典型的な見本です。「雇用の悪化を止める政府の役割が大事だ。」と言いたいことは理解できます。それを「今ほど……なときはなさそうだ。」と言うのは言葉だけで強調している表現です。
 「今ほど」というのは文章を書いている時点です。文章を書いている人の頭の中はそういう思いでいっぱいなのでしょう。ちょっと時間が経過したら、また違った思いも浮かんでくるかもしれません。「今が大事だ」「今ほど大事なときはない」というのは、強調表現であるというに過ぎません。「今が」とか「今ほど」というのは、言葉のあやでしかないと思います。今という瞬間が、本当に岐路に立つようなときであるのなら、きちんと説明して、理解を得るような表現が必要です。
 しかも「今ほど大事なときはない」と断言しないで、「今ほど大事なときはなさそうだ」という回りくどい表現(一歩、引き下がったような表現)は何なのでしょうか。自信がないのに強調しているだけの文章です。コラムの文章を、文章の模範であるかのように考えて、読者に書き写させようとするのなら、もっと熟した文章を書いてほしいとお願いします。

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2020年9月21日 (月)

ことばと生活と新聞と(213)

~ の記号について


 文章を口に出して読む場合に、記号にあたるものをどう読むのか迷うことがあります。口に出して読まない場合でも、どういう意味かということに迷うこともあります。
 口に出して読む場合は、% は例外なく「パーセント」と読むようですが、…… を「てんてんてん」と言ったり、「 」 をわざわざ「かぎかっこ」と言ったりします。
 さて、~ という記号は、何と読むのでしょうか。また、どういう意味であると考えればよいのでしょうか。
 実際の例を引用します。メヒシバという植物を紹介する記事です。

 畑や空き地、道端の土のある所ならどこにでも見られるイネ科の一年草。細い茎が地面をはい、節から根を出して立ち上がる。草丈30~90センチ。
 長さ約8~20センチ、幅0.5~1.5センチの細く薄い葉は、柔らかくつやがない。
 7~11月、茎の先に米粒のような小穂をたくさんつけた長さ5~15センチの穂を3~8本出して、放射状に広がる。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年8月13日・朝刊、「第2兵庫」ページ、13版、20ページ、「野の花通信」、片山佳子)

 ~ の記号を「ないし(乃至)」と読むのが口癖の人がいました。「草丈30ないし90センチ」「長さ約8ないし20センチ」というわけです。「ないし」は両端を示して範囲を限定する言葉ですから、意味を正確に伝えることにはなりますが、ちょっと硬い(古い)言葉であるという印象は否めません。
 ~ の記号を「から」と読むことが多いように思いますが、その場合は、「草丈30センチから90センチ」「長さ約8センチから20センチ」となって、前に置かれている数字にも単位(センチ)を補わなければなりません。しかも、「草丈30センチから90センチまで」「長さ約8センチから20センチまで」の「まで」が省略されているという感じになります。
 同じ日の同じ紙面に、谷川岳山岳資料館(群馬県みなかみ町)を紹介する記事がありました。その記事から引用します。

 毎年5月~11月末まで開館。木曜休館。入館無料。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年8月13日・朝刊、「第2兵庫」ページ、13版、20ページ、「わがまちお宝館」、木下こゆる)

 「毎年5月~11月末まで開館」の ~ は「から」または「より」と読むのでしょうが、「毎年5月から11月末まで開館」と書く方が自然でしょう。わざわざ記号を使う必要はありません。開館期間を示すのなら「毎年5月~11月末」という表現の方がよいように思います。
 ~ の記号の使い方などは、些細なことのようには思いますが、書く人が自由に使ってよいというわけでもないと思うのです。

 なお、この新聞の「第2兵庫」ページは、兵庫県内の記事も載りますが、地域とは関係のない全国記事も掲載されて、ずさんな編集になっています。記事の少ないときには適当に記事を探して埋めているようです。編集の方針なども示されないまま、読者は記事を読まされているのです。

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2020年9月20日 (日)

ことばと生活と新聞と(212)

「ジャンヌ」と「ラリー」の、国語辞典の扱い方


 日本航空のジャンボ機墜落事故から35年を迎えたというニュースに、こんな記事と見出しがありました。

 宝塚歌劇団出身の俳優だった長女由美子さん(当時24)を亡くした吉田公子さん(86)=東京都大田区=は、尾根の墓標を毎年訪れていたが今年はかなわなかった。それでも「少しでも娘の近くにいたい」と、ふもとの村までやってきた。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年8月12日・夕刊、3版、1ページ)

 この記事の見出しは「ジェンヌだった娘 悼む」となっています。「ジェンヌ」というのは「宝塚歌劇団出身の俳優」、つまり元・タカラジェンヌです。「ジェンヌ」という言葉はどんな言葉とも結びつくわけではないと思いますが、パリジェンヌなどはよく聞きます。
 ところで「ジェンヌ」だけの説明は、国語辞典でどのように書いているでしょうか。驚くことに、『広辞苑・第4版』、『岩波国語辞典・第3版』、『現代国語例解辞典・第2版』、『明鏡国語辞典』、『三省堂国語辞典・第5版』、『新明解国語辞典・第4版』、『旺文社国語辞典・改訂新版』には、項目が見当たりませんでした。

 別の言葉に移ります。こんな記事がありました。

広島市佐伯区内の店舗を利用しカードにスタンプを集めれば割引券として利用できる「まちの魅力応援スタンプラリー」が、始まっている。
 (西広島タイムス、2020年7月24日発行、12ページ)

 この記事の見出しは「スタンプ集め12店舗応援 / ラリーして割引券に活用 / 広島市佐伯区で」となっています。本文の「スタンプラリー」を短く「ラリー」と言っています。
ところで「ラリー」だけの説明を、国語辞典ではどのように書いているでしょうか。例えば、『三省堂国語辞典・第5版』は次のように説明しています。

 ①〔卓球・テニス・バレーボールなどの〕ボールの打ちあい。
 ②〔自動車の〕耐久競走大会。

 上記の新聞の言葉遣いは、②の意味を比喩的に拡大したものでしょう。けれども、スタンプラリーなどという行事は盛んに行われており、それを短く「ラリー」と言うこともしばしば目にします。拡大した意味も、きちんと国語辞典に書くべきでしょう。
 『広辞苑・第4版』だけは、上の①②に加えて、「(共通の関心による)大衆集会」という意味を書いていますが、『岩波国語辞典・第3版』、『現代国語例解辞典・第2版』、『明鏡国語辞典』、『新明解国語辞典・第4版』、『旺文社国語辞典・改訂新版』はいずれも、『三省堂国語辞典・第5版』と同じような2項目の説明です。
 国語辞典は、ひとつひとつに個性があるようには思いますが、大同小異であって、役に立たない項目(言葉)の説明もあるのです。
 国語辞典編集部には、このような声が届かないのでしょうか。あるいは、直接に編集部に声を届けなくても、人々の声や反応などを汲み取る仕組みができていないということなのでしょうか。
 私はこれまでにも、国語辞典の記述内容について、ブログにたくさんの文章を書き続けてきました。たぶん見ていただけていないように思います。

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2020年9月19日 (土)

ことばと生活と新聞と(211)

単に遠慮して断ることを「辞退」とは言わない


 ごくありふりふれた言葉ですが、「辞退」の意味は、国語辞典によって説明の仕方が異なっています。
今年夏の高校野球地方大会は異例の事態になりましたが、兵庫県の場合はベスト8を決めるまでの日程で行われました。その県大会に、3年生部員がわずか2人であったために出場しなかった学校があります。その学校を取りあげた記事の見出しに、「3年生2人 高校野球独自大会辞退の淳心学院」とあり、記事には次のような言葉がありました。

 休校もあって約100日間、練習ができていない。グラウンドを広く使えるのは週2回。梅雨で練習ができない日もあるだろう。練習時間が確保できない状況でけがや熱中症が心配だ。浜田監督は覚悟を決め出場辞退を2人に伝えた。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年8月10日・朝刊、「神戸」版、14版、21ページ、滝坪潤一)

 このような場合に使う言葉は「不参加」とか「不出場」ではないかと思います。今春の選抜で選ばれた学校が、甲子園球場で1試合ずつ戦うという大会が行われましたが、選ばれていた学校がこの大会に「出ない」という意志を表明したら、それは「辞退」でしょう。
 申し込んだら出場できる大会に「出ない」(=申し込まない)のは「辞退」に相当しないと思います。
 国語辞典の説明と用例を引用しますが、『三省堂』と『旺文社』の説明は不十分であると思います。それ以外の国語辞典の説明は微妙に違いがあって、それが面白いと思います。

『三省堂国語辞典・第5版』
 えんりょして ことわること。
 「就任を - する」
『旺文社国語辞典・改訂新版』
 ①遠慮して引き下がること。②いやだと言って断ること。
 (用例の記載、なし)
『現代国語例解辞典・第2版』
 命令や依頼などを自分にふさわしくないとして断ること。また単に、断ること。
 「就任を辞退する」
『明鏡国語辞典』
 他人の勧めや与えられた権利などを受けられないとして引き下がること。
 「立候補を - する」「個人の遺志により供花の儀はご - 申し上げます」
『岩波国語辞典・第3版』
 人の勧めを断って引き下がること。遠慮すること。
 (用例の記載、なし)
『新明解国語辞典・第4版』
 〔勧め・資格・権利などを〕自分の意志で断ること。
 (用例の記載、なし)
『広辞苑・第4版』
 へりくだって引き下がること。(任命・勧誘などを)ことわること。遠慮。
 「謝礼を - する」
『日本語 語感の辞典』
 遠慮して断る意で、やや改まった会話や文章に用いられる漢語。
 「出場 -」「入学 -」「役員に推薦されたが - する」

 「辞退」は単に、遠慮して断ることではありません。断る前に、その前提となるものがあるのです。それを国語辞典は、任命、命令、勧誘(勧め)、依頼、権利、資格という言葉で説明しているのです。そういうものがない場合は、遠慮して断る(=申し込まない)ことにしても、それは「辞退」に相当しないと思います。
 用例を見ると、任命、命令、勧誘(勧め)、依頼、権利、資格などが前提になっていることは明白です。要請されていないのに「就任辞退」などという言葉は使えませんし、合格通知をもらっていない学校に「入学辞退」をすることもあり得ません。

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2020年9月18日 (金)

ことばと生活と新聞と(210)

コロナの「持ち込み」という言葉


新型コロナウイルスの感染が広がっている中で、私たちひとりひとりがマスクを着けるのは、もし自分が感染していたら周りの人たちに感染させないためであり、もし周りの人たちが感染していたら自分が感染しないためです。その気持ちに偽りはありません。
 一方、新型コロナウイルスは日本国内が発生源ではありません。外国から帰国した日本人、または日本に入国した外国人によって、日本国内にもたらされました。日本の玄関口である東京に感染者が多いのは理解できます。
 帰国者や外国人が(主として)東京を経由して、全国各地に移動しましたから、感染者が全国に広がったことは理解できます。東京に感染者が多いこと、Go Toトラベル事業で東京着発を除外したことは、そういうこととも関連しているでしょう。
 けれども、今となっては、全国に広がってしまっているのですから、周りの人に感染させない、周りの人から感染させられないという心構えで、感染防止に取り組まなければなりません。
 次のような記事はどう考えるべきなのでしょうか。

 徳島県では7月29日にJR徳島駅のビルに入る物産店員の50代女性の感染が判明し、その後に女性の娘と、別の物産店員の女性の感染もわかった。飯泉嘉門知事は同30日、「『Go Toトラベル』でお客さんが増え、県外からの(ウイルスの)持ち込みが多い」と発言。8月1日からは徳島空港で到着客に対するサーモグラフィーによる検温が始められた。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年8月6日・朝刊、14版、25ページ)

サーモグラフィーによる検温は、ホールや球場やデパートなどでも実施されていますが、それは一つの手段でしかありません。体温が平常である人は感染していないとは言えないでしょう。私たちはいくつもの「次善の策」を重ねてコロナ禍に対応しようとしているのでしょう。
 ところで、「県外からの持ち込み」ということを言うのならば、すべての都道府県が同じ主張ができるように思います。東京にしても元々は「国外からの持ち込み」によるのでしょう。
 「(国外や県外からの)持ち込み」は厳然たる事実として存在するのですが、そして、感染者の何%かは明らかに「県外からの持ち込み」と断定してよいのでしょうが、私たちはそのような、あからさまな表現を避けてきているのだと思います。
 これまで感染者のいなかった市町村に初めて感染者が見つかった場合は、「あの人が、私たちの地域にコロナを持ち込んだ」ということになってしまいます。たとえ個人のプライバシーが守られるにしても、「誰かが持ち込んだ」という意識(思い)は残るでしょう。
 インフルエンザなどでは「持ち込み」などという言葉を使うことはなかったと思います。新型コロナウイルスでそんな言葉を使うのは、敏感な意識のあらわれなのでしょうが、言葉遣いが敏感になるのは考えものです。

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