2020年11月28日 (土)

ことばと生活と新聞と(281)

打ち言葉の台頭


 言葉の活動を4つに分けると、話す、聞く、書く、読むです。もちろん、その4つの他に、自分ひとりだけで考えたり感じたりするときにも言葉を使っています。言葉は、考えるときに必須のものです。
 ところで、メールとかツイッターとかで使うのは話し言葉でしょうか、書き言葉でしょうか。どちらとも言えない、中間的なものだという意見もあると思います。ある人は、「話す」でも「書く」でもない、別物だと考えました。それを「打つ」と考えました。話すや書くから大きく離れていないけれども、新しい文体が使われているという考え方には同感をします。今では、打ち言葉が広がっているとも言えるようです。
 こんな記事がありました。

 肉まん、あんまん、ピザまんと多様な商品を取りそろえる井村屋(津市)。新たに商品化すべく進めているのが「具のない中華まん」だ。
 9月14日、井村屋のツイッターアカウントがこうつぶやいた。
 「秋冬の入り口になると思いだすのが、このツイート。もう6年前ですか…… やっぱり中華まんの具なしVer(つまりガワだけ)が欲しいいいいいい! オリジナル具材を用意し、楽しみたいいいいいいい! (開発部、このツイート見ていないかな……)」
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年10月21日・夕刊、3版、5ページ、「朝デジから」、若松真平)

 言葉は、考えや感情などを他人に伝える役割を果たします。手紙のような個人宛のものと違って、ブログやツイッターなどは不特定多数を相手にしています。個人宛のものは人間関係に基づいて、くだけた表現もあり得ます。けれどもブログやツイッターなどにも既知の人宛の言葉と同様な表現が使われ、しかも、発音を重視したような書き言葉となっています。特別な文体です。自分の名前などを明確に示さない発信人ですから、表現の自由度が高まっているのです。
 例えば「い」という文字をいくつも続けて表現することは、その個数に制約がなく、勝手気ままに連ねることもあります。「!」の符号などをやたらたくさん並べているのを見ると、読む側は気分が悪くなることがあります。
 打ち言葉は、勝手気ままな要素を多分に含んでいるのです。
 それを書き言葉が真似てよいとは思いませんが、真似る傾向が広がりつつあるようにも思います。例えば、この記事の見出しは、〈具なし中華まん「すまん!!」 / 井村屋つぶやき 商品化検討〉となっています。具のない中華まんを社内では「すまん」と呼んで商品化をめざしているようです。「すまん」という名前を、記事の見出しは「すまん!!」と書いているのです。商品名(となるかもしれない名称)に勝手に「!!」を加えているのです。新聞記者も「打ち言葉」を身に付け始めているようです。

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2020年11月27日 (金)

ことばと生活と新聞と(280)

日本の言葉は本当に大丈夫か


 言葉は時代とともに変化していくものです。一つ一つの現象を乱れであると考えなくてもよいのかもしれません。けれども現今の日本語の様子は、自然な変化ではなく、意図的なものがたくさん含まれています。あまりにも酷いと思うものがあります。
 こんな文章を読みました。

 英語話者から見れば奇っ怪な言葉が我が国に氾濫しているようだ。改善を求めて通訳や研究者が「日本の英語を考える会」を発足させた。そのウェブサイトを見ると「Go To トラベル」がやり玉にあがる
 toの後に来るべきは、京都や学校といった目的地を表す名詞だからだ。ウィズコロナやハローワークなど和製英語は世に多く、必要な情報が外国人に伝わらない恐れがあるという。変な英語もご愛敬と言ってはいられないか
 カタカナ語でもう一つ気になるのは、悪い印象を薄める意図をときに感じることだ。国民総背番号がいつしかマイナンバーになり、感染爆発でいいのにオーバーシュートと言う。行政発の新語にはとくに用心したい
 いまカタカナで人々を煙に巻くとしたら……。えー、コロナとエコノミーの問題に関しましては、Go Toイートとマスクをコラボさせることによりソリューションを見つけたい、かように考えます。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年11月20日・朝刊、14版、1ページ、「天声人語」)

 ここに書かれていることにはすべて賛成です。和製英語やカタカナ語だけに問題があるのではありません。和製英語やカタカナ語を使うことを止めればすむ問題ではありません。日本語そのものに大きな悪影響を与え続けています。
 行政やマスコミがおかしな日本語を使い続けています。そのことは私のブログの連載で指摘を続けているとおりです。さらに、国語辞典の編纂者が興味本位の言葉を探し出してあおりたてることもしております。行政、マスコミ、国語辞典編纂者には、気持ちのよい日本語を使おうという姿勢が欠けてしまっています。
 新聞が行政を批判するのはよいと思います。けれども新聞自身の反省が行われていないのは問題です。
 行政の使う言葉がおかしいという判断を新聞が下せないというのは情けないことです。たとえ行政が使おうと、新聞はおかしいと思う言葉は使わないで、新しい表現を工夫すべきです。行政の言葉遣いに対する批判もしないで、行政が使う言葉をそのまま使って、読者に伝えています。しかもカタカナ語を短く省略したり、アルファベット略語を作ったりして、悪影響を増幅して、行政に迎合しているのです。
 私は、新聞や放送が日本語を壊す役割を果たしていると、これまでにも書いてきました。日本語を気持ちのよい方向に育てようとする姿勢が欠けていると思うのです。
 引用した「天声人語」の内容には賛成しますが、それでおしまいではありません。新聞を代表するコラムは、行政批判で終わってはいけません。新聞社の、日本語に対する姿勢を変化させるように働きかけなければ、このコラムの役割は果たせていないと思います。

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2020年11月26日 (木)

ことばと生活と新聞と(279)

日本語の「むつかしないな問題」


 言葉のことを扱った記事で、「せわしない」のような言い方をする言葉のことが取り上げられていました。こんなことが書かれていました。

 師走の背中が見え始め、せわしなくお過ごしの方も多いかもしれません。……あれ、「せわしなく」って、「せわしい」のに、なぜ「ない」がついているのでしょう。
 「せわしない」を辞書で引くと、「いそがしい。落ち着かない」そして「せわしい」。「ない」がつけば逆の意味になるはずなのに、「せわしない」と「せわしい」はやっぱり同じ意味じゃないか……。頭がこんがらがっていたところ、国立国語研究所の柏野和佳子教授(日本語学)の言葉が大きなヒントになりました。「せわしないの『ない』は、否定の意味ではないんです」
 柏野さんによると、この「ない」は、性質や状態を表す語に付いて意味を強調する接尾語。否定を表す「ない」とは、同じかたちで意味が違う言葉だそうです。 …(中略)…
 ややこしい!というのは昔の人にとっても同じようで、説話「今昔物語集」の江戸時代の写本にも「半無(はしたな)く」と、「無」という表記が見えます。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年11月21日・朝刊、13版S、13ページ、「ことばサプリ」、青山絵美)

 この文章では、同じような働きをしている語の例として、「せつない」「ぎこちない」「あどけない」などの例が挙げられています。
 さて、私の日常生活(方言生活)では、「こんな むつかしないな 問題は わからへん。」というような言い方をします。「難しい」は清音で「むつかしい」と言うのですが、「むつかしい」に比べて、「むつかしないな」はより複雑で難度が高いという語感を伴っています。
 「だいじ(大事)ない 物を 貰(も)ろーて 申し訳おまへん。」と言う場合の「物」は、「だいじな 物」より程度が上がると感じられます。「たいせつ(大切)ない」と「たいせつな」との関係も同じです。「ややこしない(または、やいこしない)」と「ややこしい(または、やいこしい)」の関係も同様です。程度が深まる(上がる)と考えるべきでしょう。「……ない」となる方は、ほとんど活用することはないので、連体詞として扱うべきでしょう。接尾語というようには感じられません。
 上記の引用した文章では、「せわしい」=「せわしない」のようにされていますが、ちょっと違うと思うのです。柏野さんの説明にもありますように、「ない」は、性質や状態を表す語(つまり形容詞や形容動詞など)の意味を強調する働きをしていますから、「……ない」という形の方が、意味は深くなっているのです。
 それにしても、この話題はなかなか面白い問題を含んでいますから、新聞の読者の方々も興味を持たれたのではないでしょうか。
 それに比べると、同じ日に掲載された、もう一つの言葉の記事は知識の投げ売りの感じがしました。こんな文章です。

 かつては、たばこが吸える店が普通で、禁煙の店は「禁煙店」とわざわざ強調してお客を呼んでいました。今後は、逆に喫煙店のほうに表示義務が生じるのですから、世の中の常識の変化を感じます。
 以前から普通にあったものを、新しいものと区別するため、改めて名前をつけ直すことがあります。「レトロニム」と言います。「禁煙可能店」などもレトロニムです。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年11月21日・朝刊、be3ページ、「街のB級言葉図鑑」、飯間浩明)

 カラーテレビが出現したときに、それをテレビと呼び、以前からのものを白黒テレビと呼びました。炬燵も今は電気炬燵しかありませんから、昔の物は「たどんを入れた炬燵」でしょう。そんな言葉はいくらでもあります。レトロニムなどという言葉を教えていただく必要はありません。
 それにしても、「禁煙可能店」などという言葉は見たことがありません。これは誤植で、筆者も校閲担当者も気付かなかった誤りでしょう。「禁煙可能店」という例があったら、ぜひ写真で拝見したいと思います。

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2020年11月25日 (水)

ことばと生活と新聞と(278)

ランキングと世論調査


 大晦日の紅白歌合戦の時期が近づいてきました。一大行事のようですが、NHKの番組に過ぎません。誰に出場させるかと判断は、NHKの内部で、ある意味では厳正に討議されているのでしょう。視聴者から、〇〇という歌手を出してほしかったというような不満が出るかもしれませんが、そんな要望にすべて応えることはできないでしょう。
 ところが、前回取りあげたランキングのようなものになると客観性が必要です。記事によると「各地の認知度や訪問経験など84項目について約3万2千人から回答を得て、地域や人口比などを考慮して再集計した」とあります。84項目がどのような内容であるのかは読者にはわかりませんし、約3万2千人がどのような地域の、どのような年齢層であるのかなどはわかりません。それを地域や人口比などを考慮して再集計しても、その集計の仕方に客観性があるのかどうか判断できません。
 世論調査に関して、こんな解説記事がありました。

 今もネット上で多くの調査が行われていますが、その方法は様々です。サイト上にアンケート画面があって、誰でも回答できるようになっているのを見たことがあるでしょうか。 …(中略)…
 しかし、こうしたやり方では、そのサイトやツイートを見た人しか回答しないため、世論調査とは言えません。どうしても、そのサイトやツイートの内容に興味や関心を持つ人たちの回答に偏りがちです。
 世論調査では、対象者全体が全国の「縮図」となるよう、無作為(ランダム)で選ぶ必要があるのです。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年6月26日・夕刊、3版、7ページ、「世論調査のトリセツ」、江口達也)

 調査対象者が無作為で選ばれていないような「47都道府県の魅力度ランキング」の順位にどれほどの信頼性があるのでしょうか。調査対象者が無作為に選ばれていても、菅内閣の支持率は、報道各社でかなりの差が出ているのです。それは新聞社自体が右寄りであるとか左寄りであるとかということではないでしょう。質問の文言ひとつで答え方にも影響が出るのです。
 しかも、新聞社や放送局などが行う世論調査は、それぞれの項目ごとに結果が示されますが、「47都道府県の魅力度ランキング」のように全部まとめて順位を付けるというのは乱暴です。そんな総合順位は意味を持たないということがわかっていないようです。
 「ブランド総合研究所」というところは、ひとつの話題作りを行っているに過ぎず、県知事などが真剣に対応しなければならないものではないでしょう。しかも、新聞社がこのような話題を大げさに取りあげるのは、どういう理由があるからなのでしょうか。

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2020年11月24日 (火)

ことばと生活と新聞と(277)

民間調査会社による都道府県魅力度ランキング②


 前回は、47都道府県の「魅力度ランキング」の取りあげ方が大げさすぎるということを書きました。ところが、それに輪をかけたような記事が出ました。〈調査会社が年1回実施。今年は茨城が最下位を脱出した〉という見出しで、前回の記事と趣旨は変わりません。茨城、栃木、群馬の北関東3県のことを話題にしています。
 うんざりするような記述で、変わりばえがありませんが、引用します。

 20~70代の約3万人にインターネットで、アンケートに答えてもらうんだ。都道府県または市町村を20ずつ組み合わせたアンケートが53種類あって、どれが配信されるかわからない。魅力度に関する質問は84もある調査項目のうちの一つ。「とても魅力的」「やや魅力的」「まったく魅力的でない」などの5段階で答えてもらう。会社側が人口を考慮して順位を決める。 …(中略)…
 (茨城県は)営業戦略部を新設して観光地や特産品をPR。今夏には「いばらきビリ県脱出連携会議」を立ち上げ、官民で取り組んだ。 …(中略)…
 入れ替わりに最下位になった栃木県の福田富一知事は「魅力や実力を測るのに適正な指標なのか」と調査会社に抗議した。40位の群馬県の山本一太知事も「ランキング自体不適切で、名前を変えてもらいたい」として県庁にランキングを検証するチームを設置したんだ。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年11月17日・朝刊、13版S、2ページ、「いちからわかる!」、佐野楓)

 同じような趣旨の記事を2回も掲載する新聞社の考え方が理解できません。このような一面的なランキングは無視するべきでしょうが、それを興味本位で報道する姿勢に問題があります。
 新聞社自身は、こういうランキングを日常的に作って、それを報道していますから、その差別性などの問題に麻痺してしまっているのでしょう。
 もうひとつ、問題があります。ランクの下位の県が正面から取り組んで、ランクを上げようという努力をしているのは滑稽です。税金を使って、馬鹿げた取り組みをしないでほしいと思います。
 アンケートが53種類あろうと、調査項目が84あろうと、客観性の担保にはなりません。「会社側が人口を考慮して順位を決める」のなら、どうにでも順位を動かせるのです。調査をした研究所が信頼できる存在であるかどうかわかりません(そのことについては何も報道されていないのです)が、そんなことよりもランキングの決め方自体は信頼できないと思います。
 そんな程度のランキングを大きく取りあげる新聞にも問題がありますし、そんなものに正面から取り組もうとしている県の姿勢も、滑稽に見えてきます。

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2020年11月23日 (月)

ことばと生活と新聞と(276)

民間調査会社による都道府県魅力度ランキング①


 民間調査会社による2020年の47都道府県の「魅力度ランキング」というものが発表された、と新聞などが報じました。昨年まで7年連続で最下位だった茨城県が42位に上がり、最下位になったのは栃木県だそうです。
 記事の一部を引用します。

 ランキングは「ブランド総合研究所」(東京都港区)が6~7月、ネット上で各地の認知度や訪問経験など84項目について約3万2千人から回答を得て、地域や人口比などを考慮して再集計した。茨城県は13年から昨年まで最下位が続いていた。
 茨城県は、 …(中略)… 今年7月には、民間主導の「いばらきビリ県脱出連携会議」も発足して、汚名返上に、官民で取り組んできた。 …(中略)…
 一方、最下位になった栃木県の福田富一知事は県庁で記者団に、「結果に『えっ』と驚いた。魅力や実力を測るのに適正な指標なのか、改めて疑問を感じた。(回答者には)栃木県にあまり縁がなかった人が数多く選ばれたということだと思う」と不満を示した。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年10月15日・夕刊、3版、9ページ、片田貴也・池田拓哉)

 どういう目的でランキングを作っているのかということは記事には書かれていません。回答者がどのように選ばれたのかということも書かれていません。回答者の人数が多くても客観性のある調査かどうかは疑問です。しかも、どうして民間調査会社の作ったランキングがニュース価値を持つのでしょうか。調査をしたのはどのような会社なのでしょうか。疑問だらけで、その答えを探ることのできないニュース記事です。
 47都道府県のランキングを作れば、首位があり最下位があるのは当然のことです。興味本位でない、きちんとした目的があって行っていることなのでしょうか。しかも、そんなランキングに県民などが過剰に反応しているのはなぜなのでしょうか。過剰な反応があったような書き方をしているのは新聞記者なのです。
 新聞やテレビは、このようなランキングをしょっちゅう作って報道しています。上位だけを報道することもあります。
 これは世論調査のような客観性はそなえていないでしょう。「魅力度ランキング」の魅力度とはどういう意味なのでしょうか。観光地としての魅力と、居住する魅力とは異なります。居住の魅力も、観点によって評価が異なります。そんなものを総合して得点化したのかもしれませんが、総合得点には意味や価値がありません。
 新聞が、そのようなことについて何の説明もせずに、ランキングの上位の都道府県と、下位の県を並べる表を、無責任に掲載する意図が理解できないのです。首都圏の都県が下位に来ることはないのです。だから安心して、こんな記事が書けるのでしょう。

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2020年11月22日 (日)

ことばと生活と新聞と(275)

カタカナ語でもアルファベット略語でもない言葉


 新聞はカタカナ語やアルファベット略語が大好きですが、そんな言葉を使わない例が、わずかですが、あります。
 その言葉についての例を、3か所から引用します。

 原発から出る「核のごみ」(高レベル放射性廃棄物)の最終処分場をめぐり、梶山弘志経済産業相は17日、国の選定プロセスの第1段階である「文献調査」を、北海道の寿都町と神恵内村で始めるための計画を認可した。 …(中略)…
 核のごみの後始末は原発を使い始めた当初からの懸案。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年11月18日・朝刊、14版、1ページ、小坪遊)

 「核のごみ」問題で久しぶりに動きがあった。原発の使用済み燃料から出る高レベル放射性廃棄物の処分地選びをめぐり、北海道の寿都町と神恵内村が調査に手を挙げた。 …(中略)…
 核のごみは、10万年は隔離する必要があり、世界でも地下深くに埋める地層処分が採用されている。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年10月15日・夕刊、3版、5ページ、「e潮流」、佐々木英輔)

 原発の使用済み燃料から出る「核のごみ」、高レベル放射性廃棄物の最終処分地選びをめぐる動きが北海道で相次いでいる。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年10月5日・朝刊、13版S、7ページ、「記者解説」、佐々木英輔)

 「核のごみ」の問題は日本だけにある問題ではありません。それをどういう言葉で表現するかということになりますと、新聞社の従来のやり方は外国語(多くの場合は英語)の表現をカタカナ書きにしたり、原語の綴りから何文字かのアルファベット略語を作るということでした。どうして「核のごみ」が日本語で書かれているのかはわかりません。
 けれども、このような書き方に接すると、新しい概念や物などについて、カタカナ語で表したり、アルファベット略語で表す必要はないように思われるのです。「核のごみ」という言葉で意味が理解できますし、アルファベット略語を覚えたり、カタカナ外国語の意味を理解する必要はないのです。日本語のままで通じるのです。
 ひとつの記事の中で、同じ言葉を何度も使う必要がある場合にアルファベット略語を使うということが多いのですが、「核のごみ」という言葉を何度も使っても、文章は不自然なものにはならないと思います。短い日本語を工夫すればよいのです。
 これから後に、「核のごみ」という言葉を、カタカナ語やアルファベット略語に置き換えることはしないでください。このままの方がよいと思います。そして、できることなら、カタカナ語やアルファベット略語で表現しているものも、短い日本語で表現するように工夫して、日本語の文章を守ろうとする姿勢を示してほしいと願うのです。
 専門用語を使う必要がある場合は、外国語を紹介することがあってもよいでしょうが、たいていの表現は日本語でこと足るはずです。日本語は優れた言葉ですから、外国語に頼る必要はないと思います。

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2020年11月21日 (土)

ことばと生活と新聞と(274)

既知の略語と同じ「DX」


 〈「未知数X」に情報革新のヒント〉という見出しで、「DX」という言葉を説明する記事がありました。こんなことが書かれています。

 新型コロナウイルスの感染拡大で、在宅勤務やオンライン会議の導入が加速しました。ネットを通じた重要な情報の集約や活用も、盛んになりました。そんな変化を支えるキーワードは、「DX」です。
 DXとは「デジタルトランスフォーメーション」の略です。訳して「デジタル化による変革」。情報通信技術を発展させて使いこなし、社会生活の向上を目指すものです。2018年に経済産業省がDXの必要性や基準を示し、企業などが取り組み始めています。
 英語のつづりはDigital Transformationですが、見聞きする略称はDX。なぜDTとは言わないのでしょうか。 …(中略)…
 trans→across→cross→Xという連想から、いつしかtransをXと表記する慣習ができたというのです。DXという呼び名には、一種の言葉遊びが隠されていたわけです。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年11月14日・朝刊、13版、13ページ、「ことばサプリ」、小汀一郎)

 「経済産業省がDXの必要性や基準を示し、企業などが取り組み始めています。」とありますが、DXという略称を経済産業省が示したのではないようですね。DTではなくDXとなった理由が詳しく書かれていて、それは理解できますが、どうしてこんな略称を使う必要があるのかということは納得できません。
 「デジタルトランスフォーメーション」という文字数の多い言葉を略してDXと書けば、新聞の見出しなどでは好都合であることはよくわかります。けれども、そんな理由だけで、こんな略語を広めないでほしいと思います。DXとはどういう意味が込められた言葉であるのかということが理解されないままで、略語が広がっていく可能性があります。「デジタルトランスフォーメーション」という言葉では何のことか分からない人も多いと思います。訳すと「デジタル化による変革」になるということであるのなら、その言葉(日本語)を使うべきです。その言葉の方がイメージを浮かべやすいと思います。
〈「未知数X」に情報革新のヒント〉という見出しを書いた気持ちは理解できます。けれども、情報革新のスピードの速さと同じように、アルファベット語導入のスピードも速くなり、日本語破壊が加速度的に進展しようとしています。新聞は、そういう実情に警告を鳴らすという役割を捨てて、日本語破壊を助長しようとしているのです。
 言うまでもないことですが、DXという略語は既に使われています。デラックス(deluxe)ということをDXと書く習慣があります。海外放送などの遠距離受信という意味でも使われているようです。そういうことには目を向けないで、DXという表記に、さらに新しい意味を重ねて使おうとしているのです。
 DXなどという新語を定着させようとするのは、情報革新という美名のもとで、既存の言葉を破壊しようとする企みのように見えてきます。

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2020年11月20日 (金)

ことばと生活と新聞と(273)

「ふつう」とは、格別にという意味か


 自分が作った料理に対して「普通に美味しい」と評価されたら、嬉しく思うでしょうか、残念な気持ちになるでしょうか。「普通に美味しい」とは、美味しさが普通、すなわち中級ということになるように思います。人並みの料理が作れるようになったと喜ぶ場合もあるでしょうし、人並みのもの作れなかったと落ち込むこともあるかもしれません。
 漢字の「普通」ではなく、平仮名で「ふつう」と書けば、異なった意味を持つのでしょうか。テレビ番組を紹介する、こんな記事がありました。

 日本一ふつう美味しい植野食堂   ★BSフジ 夜7:00
雑誌編集長の植野広生さんが、この料理ならばこの店が日本一だと信じて疑わない店を訪れてレシピを聞き、店主と一緒に作る。今回は東京都豊島区池袋の店の調理場へ。ナスと旬の野菜の料理「なすミソ」は、無駄な物をそぎ落とした店主の人生そのものだ。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年10月16日・朝刊、14版、19ページ、「きょうの番組から」)

 番組名を考えたのはテレビ局ですが、記事を書いた人は「ふつう」という言葉にどのような意味が込められていると思ったのでしょうか。
 番組内容の説明を見ると「植野広生さんが、この料理ならばこの店が日本一だと信じて疑わない店を訪れてレシピを聞き、店主と一緒に作る」と書かれています。普通(中級)という段階での「日本一」ではなく、最上級という意味での「日本一」なのでしょう。「ふつう美味しい」とは、格別に美味しいという意味のようです。
 いつから、「ふつう」はこのような意味で使われるようになったのでしょうか。こういう意味が、もうすぐ国語辞典にも載るようになるのでしょうか。
 テレビが日本語の混乱を取り仕切り、新聞はそれに対して何も感じないような社会に変化しつつあるのでしょうか。
 政治や経済の現状に対して厳しい批判の目を向ける新聞が、言葉の有様については何の批判的な姿勢を持たないことが不思議に思われます。新聞社同士でも、テレビ局に対しても、あるいは新聞社の社内でも、言葉遣いに対して厳しい目を持って指摘し合うことが必要だと思います。

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2020年11月19日 (木)

ことばと生活と新聞と(272)

飛び飛びの「縦断」


 例えばデパートの催し物である駅弁大会に、北海道から九州までの駅弁が並んでいても、それを全国縦断駅弁大会と言うことはないでしょう。全国からの品物を一カ所に集めたということなのですから。
 さて、新聞1ページを使った、こんな広告がありました。

 全国縦断お土産まつり
 (朝日新聞・大阪本社発行、2020年10月8日・朝刊、13版S、5ページ、全面広告)

 菓子類販売促進コンソーシアム(全国菓子工業組合連合会)が主催する展示直売会だそうです。たぶん全国各地のお菓子が並んでいるのでしょうが、「全国縦断」と言うからには、北から南までの各地で点々と開かれるのだろうと想像しましたが、会場は札幌・東京・新潟・名古屋・広島・福岡の6都市で、それぞれ1カ所のデパートが会場のようです。
 「縦断」という言葉は、細長いものの、長い方の端から端までを通り抜けることを意味しています。日本の地理で言うと、北から南までを通り抜けることです。桜前線や紅葉前線が日本列島を縦断して進むとか、映画を列島各地の映画館を縦断して公開するとか、そんな言い方をします。全国6カ所で開く展示即売会を「縦断」と言えるのでしょうか。例えば、美術展を全国3カ所の美術館で開催しても「縦断開催」とは言わないでしょう。
 数少ない場所で、飛び飛びに開くようなものを「縦断」と言うのは行き過ぎでしょう。テレビ局が少しだけ丁寧に取材した程度のものを「密着取材」だの「独占取材」だのと言うのに似ています。
 商業的には何でも大げさな言葉を使え、という考えが広がっていますが、人々はそんな言葉に踊らされることはないでしょう。奥ゆかしい言葉遣いの方が人々の心をとらえることが多いということを心得た方がよいでしょう。

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